ポップアップ最終日の朝は、
「30歳までに生きられないと宣告されていましたが、この夏に30歳を迎えます。KINTSUGIリングをデザインしていただいたおかげで、私の命が肯定されたような気がしています。楽しみに購入しに来ました!」と、僕の目をまっすぐ見つめて、瞬き一つせずに感情を伝えてくれました。
そのあと、続々とお客様が来店され、僕がデザインしたジュエリーやミラモアの世界観を体験しに、そしてスタッフに会いに来てくださいました。
ミラモアを知ったきっかけや、情報と物があふれるこの世界でどのようにしてミラモアを見つけたのか興味があるため、聞くようにしています。
「実は乳がんになり、髪の毛もなくなり、胸には傷もありますが、ミラモアのジュエリーを知って、自分の傷を愛しても良いと思えるようになりました」とも言われ、お客様の思いとストーリーを共有してくださいます。
そのつもりでデザインしたわけではなく、単に金継ぎの哲学、「壊れているのではなく、継がれている」という思いで、これまでの逆境や葛藤を肯定してくれたこの美学に感銘を受け、「自分が継がれている」というジュエリーを作りたかったことで始まったこのコレクション。
それにも関わらず、自分が生み出した作品が多くの人々に喜ばれ、共感を得られ、これまでにない喜びと達成感を感じました。ミラモアを始める5年前まで、ファッション業界の裏側で働いていて、このまっすぐで正直な性格とはみ出た個性が原因で何度もトラブルに巻き込まれたりご迷惑をおかけしたり、長い間葛藤していました。しかし、今は自分らしく生き、好きなように仕事をして、それでも多くの人に支持される幸運な人生に変わりました。全ての人を幸せにすることは不可能かもしれませんが、まずは今の自分を必要とし、本質を受け入れてくれる人だけを幸せにできたらと思い至りました。
本当に皆様のおかげで大変好評をいただき、ミラモア史上最高の記録を達成することができました!たくさんのブランドがある中でミラモアを選んでいただき、本当に光栄で、感謝の気持ちでいっぱいです。これからも新たな作品を生み出し、ジュエリー以上の価値を創造していけることを励みます。
1年間準備をしてくださったスタッフ、関係者、お客様そして自分のビジョンを形にしてくださっている職人さん。
自分らしく生かさせてもらってありがとう!!あと95年頑張ってやろう!!!!(笑)
自分はニューヨークへ帰ってしまいますが、南青山のショールーム、大阪うめだ阪急そしてウェブにて ミラモアを見てみてくださいね。
また次回、秋の来日が楽しみです!
稲木ジョージ
ミラモア創設者&金継ぎ哲学者
ミラモア創設者&金継ぎ哲学者